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宮崎市内の元祖は誰だったのか

2014.04.18


これまで宮崎県内のサーフィンの始まりは日向市だったとの話をしましたが、今回は宮崎市内はどうだったのかをお伝えしたいと思います。宮崎市内のサーフィンの中心地はやはり青島周辺だったようです。時代的には日向市より多少後でした。1970年か71年頃からの情報を入手する事ができました。
まず、青島でパイナップルの卸屋さんだった浜田さんが青島で古くからサーフィンをされていたようです。実は3年前、とある方の情報をもとに浜田さんに接触を試みたのですが、当時入院されているということでお会いする事ができませんでした。それから3年経ち再び何とかお会いしようとご自宅にお電話した時には既に亡くならた事を奥様より告げられました。浜田さんは当時の貴重な8ミリを持っていらっしゃるという情報があっただけにお元気なうちにお話を聞くべきだったと反省している次第です。その後、奥様と息子さんにお会いして1枚の写真をお借りしました。写真は比較的新しいものですが、青島をバックにした写真としては貴重なものです。(奥様によると写っている5名のうち3名は既に亡くなっていらっしゃるとの事でした)※浜田さんは左から2番目
aoshima
宮崎市内にサーフショップが最初にできたのはどこだと思いますか?私の調査によると1971年に宮崎市内の神宮に半年間だけあった「レッグサーフボード」です。オーナーだった清水さんにお会いする事ができました。
shimizu
清水さんは東京のご出身で伊豆や湘南でサーフィンをやった後、修学旅行で訪れた宮崎が気に入り、年に何度も宮崎を訪れるようになったそうで、現在も宮崎県内に住んでいらっしゃいます。ハイカラな湘南の文化を清水さんが宮崎に伝えていただいた功績は大きいのかもしれません。

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